おさそい

 強すぎる潮の匂いや煩すぎる波の音で目が覚める。

 どれだけ眠っていたのだろうか?気が付くと朝日が昇っていた。不思議と痛みはない。いや、血を流しすぎたのか、海の水で体を冷やしてしまったのか、どうやら麻痺ってしまったようだ。それに伴い、触覚以外の感覚が強くなり、潮の匂いや波の音もまた強く感じたようだ。

 目を開けて辺りを見渡す。暗と明の境目になっている海岸のどこを見ても、誰も居なかった。

 それはそうだ、<さめさん>が牛耳る海に繋がっているのだから、迂闊に近づいて襲われてしまうと思っても可笑しくない。ただ、こんな浅瀬に彼らはやってこないのは、この子供は知っている。

 ここには敵も味方もやってこない。だから、自分が動くしかない。やってくるのは、空を横切る鳥たちだけだ。

 

 海付近を住処とする雲の色にも見える鳥に、餌があれば何処へでもやってくる闇そのものの色をした鳥、昼の空だったら溶け込みそうな晴天の色をした鳥。

 それらがありとあらゆる方向へと向かっては消え、消えては現れる。きっとこの子供もここで倒れ続けていると餌として認識される。動くしかないと認識した後も、すぐに動けず目を瞑ってしまった。

 

「こっちにおいでよ。一緒に遊ぼうよ。」

 そんな声が聞こえた気がした。驚いて目を開けた子供だが、目の前には青い鳥が空を旋回してるだけ。仮にあの鳥がそう言ったのだとしても、ここまで聞こえるはずがない。

「いま、ゆめをみてたの?わたし、ねてたのかな?」

 そう呟きながらも、感覚の麻痺した体を起き上がらせる。地を踏みしめた足に感覚はない。でも、確かに立ち上がった。

 それを見届けたのか、全くの偶然か、青い鳥はゆっくりと海から離れる方向へと向かっていった。

 

 さっきのはゆめ、ゆめだからかんけいない。

 

 そう心で呟きながらも、体は鳥を追いかけていた。いや、どちらにしても、ここから離れなければいけないのだから同じ事。危ないこの場所から離れるだけ。その進路に青い鳥が向かってるだけ。

 鳥は、そして子供は、森に入っていった。子供は上を見上げながらゆっくりと追いかけ、それと同じようなスピードで鳥も飛ぶ。いつしか、青い鳥は子供の目から外れない程度にまで高度を下げていた。

「いいなー、私も遊ぶ!」

「独り占めなんてずるい、混ぜてもーらお!」

「久しぶりに遊ぶから、楽しみだなー。」

 暫く進むと、あちこちから声が聞こえてきた。子供は驚いて立ち止まり辺りを見回した。 そして、気配を感じ察した。

 

 わたし、さそいこまれたんだ……。

 

 青い鳥……、彼らは異次元と繋がる事ができると噂されている。繋がりを得た彼らは鳴き声を発する代わりに別世界からの声を発すると言われており、また、声に誘われたものを異次元へと連れ込むと言われている。

 そして、今、その鳥に囲まれている。子供は少しの硬直の後……

「わたしもあそびたいなー!みんなえんりょーしないでいっしょにあそぼーよ!」

 と叫ぶ。そして、辺り一面は草を掻き分ける音と羽ばたきの音で包まれた。

 

 そして……、森全域じゃ覆い隠せないほどの閃光が辺りに広がった。